Thinking of rsio

Thinking 考え

言葉-3

私が自分のホームページを持とうと思ったきっかけは、鈴木大拙の文章との出会いだった。12年ほど前、下北沢のとある飲み屋で誕生日図鑑を開いていた時、私が生まれた10月18日と同じ誕生日だと知った。それからしばらくのち、ちょうど100年前の1870年だということを知った。ーーーしかし、実際には江戸時代に使われていた和暦は、明治6年に西暦(グレゴリオ暦)に改暦されたため、鈴木大拙の誕生日は11月11日であり、同じ誕生日ではない。妙な親しみを感じ、鎌倉東慶寺にお参りにも行ってみたが、鈴木大拙の墓を見つけることは出来ず、そうたやすく近しい存在だと思われても困ると、本人から拒絶された思いがしたものだった。それもそう、私は私である。ーーー数冊の禅の本を読んだ時、若い頃から疑問に思ったことは自分が納得できないと試してみなければ気が済まないというようなたちで、細かなことから大きなことまで悩み癖のように悩んでばかりいた自分にとって、これまでの人生そのものが禅だったのだと妙に腑に落ち、人生が目の前でぱっと開けた瞬間を味わった気がした。100年も前に生まれた人の文章が、私の人生にこれほどまでに救い光で導いてくれるものかと感動さえ覚えた。そして禅への理解は、今、茶室や能への興味へと直結している。
文章との出会い。
今はSNSで日々あらゆる情報が更新されて、塗り替えられていく。どんな情報も表層を流れていき、時に政治的に働き、時に人を傷つけても、次の日には何事もなかったかのようにまた更新されていく。大切なこともどうでもいいことも同次元でゆらゆら流れていく。
ここは、自分自身をありのまま、表現してもいい場所。自分と世界をつなぐ場所。背伸びせず、等身大。もし読む人に、少しでも人生の道しるべのひとつになれることがあるなら、ここに表現をすることはとても素敵なことだ。もしかして100年後の誰かかもしれない。そうだ、今目の前の人に伝えることが目的ではなく、遥か先の会えないかも知れない相手に向かって文章を書く、なんてファンタジックな感覚だろうか。それでいいと思った。それがいいと思う。心から自由になれる。いつ出会えるか分からない大切な魂との出会いの為に、せめてここでは言葉は大切に使っていきたい。
(2017.10.15)


こんなことを考えていた矢先に、WEB作成ソフトがおかしなことになってきている。。所詮、WEB上の戯言ということかな。使っているMacも古く、システムをくみ直すのも面倒だし、このサイトの更新も出来なくなるかもなあ。つくづく諸行無常。
(2017.10.19)

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2017年謹賀新年

結婚して姓が変わり10年、仕事場と自宅を分けて6年になりますが、仕事で旧姓を使っていることもあり、実は自分の名がどちらなのか、住所も仕事場と自宅が混ぜこぜでどちらとも定まらず、未だ人生迷走中。

年末に梅丘図書館で借りた梨木香歩さんの「エストニア紀行」、自分も一緒に旅をしているような気持ちになって、またエストニアという見知らぬ国のことを少しだけ知ることが出来てよかった。旅に出たくてもお金がないときには、読書をして想像の旅に連れて行ってもらうというのもまたひとつ。

<抜粋>
肉体は現在にあるが、人の精神は、現在にコミットしているのはほんの一部で、ほんとうは各自、他者の窺い知ることのできない遠い時代と密接に結びつきながら生きているのだろう(戦国の世の群雄割拠、国取り意識を生きている人もいれば、平安時代の恋愛至上主義を生きている人もいるだろう)。そういう自分を、できるだけかき集めて「この時代」とコミットさせ、現象としての自分の存在の確実さを高め、それから新しい時代精神をかたちづくっていくーー

とても腑に落ちる文章。
今ここにいる自分を、現象としての存在として認識して、その存在を今の時代にコミットさせる。
かっこいい。

誰にも分からない自分だけの時空間を持ちながら、過去を生きるより、未来を考えすぎるより、永遠をイメージして今この瞬間の判断を積上げて行けたらと思う。
できるかな。
取りあえず、年をまたいで感じたことだからここに記しておこう。

今年も素敵な一年でありますように。
(2017.01.05)

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音楽

畳で横になっていると、猫がおなかに乗ってくる。
猫はおなかのうえが大好き。ときどきおなかにまたがって来るので、おなかとおなかがぴったんこの状態になると、猫の心臓の動きが、生で感じられる。結構不整脈だ。

4/29、韓国ソウルのdotolimで行なわれた実験音楽演奏会で、初めて作曲した曲を演奏する機会をえた。
曲名は「stroke of pulse」、演奏者は8名(全員)
私からの指示は、1人1小節ずつ順番に、64小節を繰り返す。テンポは各自の脈拍。
1拍目は低、2拍目は高、3拍目は中、4拍目は休符。
どんな音を出すかは自由。
作曲と言っても、ただそれだけ。

全体としてどんなかんじになるのか、やってみなければ分からないし、実際やってみてそれがどのようなものだったのか、説明出来ないし、ましてや、面白いとか美しいとかいうものであったかなんてわからない。(もはやそのような概念は破壊されているのだけど、)

一緒に演奏しているメンバーの思い思いの鼓動の表現(電子音だったり、口笛だったり、トライアングルだったり、鈴のようなものだったり、、)をただ聞き入る。演奏者の立場として聞くのは初めてだったのでよく分からないのだけど、シンプルな楽譜の見た目とは真逆で、結構ぎくしゃくしていたという印象が残っている。なんでも四角四面に整えて行く方向に向かっているように感じる現代社会の構成員は、実はこんなにもバラバラでぎくしゃくしているのだと、改めて感じた。

この楽譜は弦楽器をぽんぽん鳴らしているうちに、何となく浮かんだだけのことなのだけど、要は、昔かくれんぼをして遊んでいたときの、
「もういいかい」「まあだだよ」
なのだ。

心の中で、「もういいかい」「まあだだよ」と繰り返す。
一度でいいから、猫とこの遊びをやってみたい。

(2016.05.19)

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2016謹賀新年

あけましておめでとうございます。

孔雀っておしゃれだなあ。
自然に生まれもってこんなに素敵。
人類はこの方向で進化はしてないな。
今年は毎日を楽しみながら、
少し軸を意識してやっていきたい。
良い一年となりますように。パンク!
(2016.01.06)

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2014謹賀新年

あけましておめでとうございます。
昨年は、今まで普通だと思っていたことが実はそうではなく、物事は刻々と大きかったり小さかったりする様々な力によって少しずつ動いているのだと、つくづく思う一年でありました。
そんな時、お正月にふと我が家の本棚にあった、ハヤカワ文庫の短編SF小説を流し読みしていたところ、気になった文章があり、以下に書き留めておくことにします。
今年も良い一年でありますように。
(2014.01.06)

非腐敗性、不変性を讃える者たちは、彼らが死について抱いている恐怖や、それをまぬかれたいという大きな欲求からそうしたことを口にするのだと私は思う。彼らは、もし人間が不死であるなら、彼らがこの世に生まれてくる機会はあり得なかったのだということに思いおよばないのだ。そんな考えは今そうある以上により完全なものになろうとして、大理石か金剛石の像に彼らを変身させてしまうメデューサの首に出会うようなものだ。[・・・・・]そして地球は、現在のように変化し動くものであるよりも、石の塊であったなら、さらには硬く冷たい金剛石で全体が出来ていたら、より完全なものであるにちがいない。

ガリレオ・ガリレイ
『二つの大いなる体系についての対話』第1講話

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ハヤカワ文庫<SF436>
柔かい月
イタロ・カルヴィーノ
脇 功訳






2013謹賀新年

あけましておめでとうございます。
今年のお正月は、めずらしく日頃ひかない風邪をひいて、自宅でずっと寝て過ごしておりました。おかげさまで体の中にたまっていた毒が抜けていくようで、2013年を新鮮に始められそうな気がしています。
仕事、プレイベートと課題はたくさんありますが、自分なりに少しでも社会貢献が出来るように、乗り切っていければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
(2013.01.04)

MarcelDuchamp+JapaneseFishPlate+1953+PompidouCenter-Paris.jpg
MarcelDuchamp
JapaneseFishPlate






建築-3

建築-2の続きです。

表層とは異なる空間を考えたとき、癒しという言葉が浮かんできました。でも正直これまでは、”癒し”という言葉には、何となく抵抗感がありました。”癒し”=”快適性を目的にしている”というような感じがして、人が生きていく強さをそぎ落としてしまうような、安易で引き込まれやすいようなイメージが付きまとっていたからです。でもこのときふと思ったことは、大風呂敷を広げて”癒し”を目的にしていくことではありません。先が見えない未来に対して、ただそこに癒しを見るだけのことです。
手塚治虫が「鉄腕アトムはヒューマニズムではなく、ニヒリズムなんだ」と昔読んだどこかのインタビューで答えていました。このとき手塚治虫はニヒリズムを宣言をしたのではなかったと思います。鉄腕アトムの世界観がこの時のインタビュアーからあまりに楽観視されていることに対して、つい口から出た本音だったのだろうと思います。鉄腕アトムを描いた手塚治虫は、決して現実の未来社会に「心やさし、科学の子」に希望を見いだしていたのではなかったのだと思います。善悪でも道徳でもなく、また社会風刺でもない、ただ虚無の中に鉄腕アトムの世界を描き出したのだと言いたかったのだ思うのです。
学生時代に設計ゼミで、先生に「君はモラトリアムだね」と言われたことがありました。今の自分を考えると、そのときの自分と未だに変わりがなく、もしかして一生モラトリアムから抜け出せないかもしれません。でもここで文章にすることによって、一歩踏む出せるとしたら、虚無の癒しを見いだせるだろうか。虚無を決して否定的に捉えているわけではありません。むしろ欺瞞のないところでの癒しは、虚無に通じていると思うのです。

いろいろ恐れず思ったことは吐き出して、頭をクリアにしていこう。
(心の声)

(2012.03.07)


建築-2

先日、友人の福島支援コンサートに行ったときに考えました。とても個人的な話です。

長崎に生まれ育ったことがはじまりなんだと思いました。長崎市は1945年8月9日11時2分原子爆弾が投下されました。私は爆心地からほど近い病院で戦後25年経った1970年10月18日に産まれました。幼い頃の記憶はキラキラとしていてとても楽しく、自然豊かな環境で、街も人も気候もとても温かく、でもどことなく切ない感情が同居していて、深い郷愁とともに心に刻みこまれています。毎年8月9日は長い夏休みの中の登校日で、その日は学校に行くと、黙祷をし、被爆者の話を聞き、きのこ雲、 焼けた街、 ケロイドでただれた人々、ピカの光で人影が写し込まれた壁など、多くの写真を見ます。戦争の恐ろしさ、特に原爆が残した悲惨な風景は、長崎の暑い夏の記憶と同じ場所で入り交じっています。

青い空は青いままで子供らに伝えたい。
燃える8月の朝、影まで燃え尽きた。
父と母と兄弟たちの命の重みを肩に背負って胸にいだいて。

小学校で習った歌で、今でも真っ青な空を見上げると、ふと口ずさんでしまう歌です。

原子爆弾
原子力発電

私たちが生きている文明社会は電力に支えられていて、その電力が原子力に支えられている。国際社会の競争に勝ち豊かな国になるために、技術を開発し製品を生産する。だけどそのために必要なエネルギーは原子力に依っている。便利な生活を享受して快適な日常を送る中でも、この矛盾がずっと頭の中に横たわっていました。建設業も他に漏れず、非常に大きなエネルギーをかけて、ものを作っていきます。私はそこに属しているわけです。反原発に対する思いは明確であるにも関わらず、この矛盾にどのように対峙すればよいのか。明確な答えはどこにもない。だからどうしても建設する行為に「思いっきり」にはなれないのです。ここに東日本大震災の前後で変わったことは何もないのです。

---建築
でも一方で建築に救いを見ていました。現代社会と人との間にある、どうしようもなく凝り固まってしまっているもの、言葉では動かすことの出来ないものに対して、ある意味では暴力的とも言えるほど絶大な力で背景を覆い尽くす空間のもつ力が、人の意識に、さらには記憶の中の無意識に入り込み、思想そのものに向かって、直接的な言葉や暴力で傷つけることなく切り込んでいき、その凝り固まったものから人を開放することができるのではないか、と。
---表層
現代社会は表層的で、活字に左右され、メディアに左右され、ゆらゆらと揺れています。そんな幻想の中で私は生きているのかもしれません。現実と幻想との境は曖昧で、人はその違いをきちんと認識しているのだろうか、と考えると、実はよく分からないのかもしれません。 でも私は建築と表層を同じ次元にはできないでいます。建築は活字で説明され、メディアの中で一人歩きするものとは、違うものとして考えています。 そしてまた立ち止まってしまいます。

福島の野山が放射能に汚染されてしまいました。これからの未来をどう見たらいいのだろう。
私の産まれた長崎は確かに1945年8月9日焼け野原でした。でも25年後にその場所で産まれた私は、心から平和を願い反戦反原発を訴える場所とそこで過ごした人との記憶を、どこよりも愛おしい故郷の風景として心に刻み付けています。
現状にあまり悲観的になりすぎるのも違う。かといって楽観的にはなることは出来ない。言えることは、ここには何が大切なのかがはっきりと分かっていて発言出来る人達がいる。その人達が紡ぎ上げる時間によってできる場所が、どこよりもあたたかく素晴らしい場所にならないはずがないと思うのです。

ここまで文章にしてみて、少しだけ自分が向かう方向が見えてきた気がしました。
尻切れとんぼ。続きはまた

(2012.02.27)


2012謹賀新年

新年が明けて、今年の抱負を考えてみるけど、仕事など日常のことはここには記さず手帳にでもメモしておくことにして、取りあえず今考えていることをそのまま出しておきます。
自分を美化しすぎず、ありのままを多角的に観るように心がけたい。そしたら偏っているかもしれない自分に気がつくことができるかもしれないし、そしたらそこで考えを正しながら一歩ずつ進んでいきたい。自分の意見を持つことはとても大事なことだと思うけど、それが間違っていたり偏っていたりするとしたら、途端に拠り所をなくして先の人生が不安になってしまう。昨年の災害から一段とこの時代が不安定で様々な問題を抱えているということが分かってきたけど、今生きている私たちが今の時代をどれだけ自覚し正して、幸せな未来に向かっていけるのか。。。それはとても疑問だけど、とにかく自分に出来る目の前にあることを一つ一つやっていきたいと思います。
(2012.01.04)



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言葉-2

Columnを新設しました。
「表現する」ということがなんとなく気恥ずかしく感じていましたが、これからあまり気張りすぎずに生きていくためにも、自己主張というのではなく、何も語らずというのでもなく、日々感じたこと、考えていることなどを備忘録としてここに書き留めていきたいと思います。
(2011.01.13)

言葉-1

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
溢れ出る情報が日々更新され必要な情報は検索すればなんでも出てくる、そんなインターネットを毎日のように見る生活はいつから始めたのか、ほんの少し前だと思うのですが、今ではもう完全に生活の中に入り込み、なくてはならないものとなってしまいました。そんな中、日常何も気にせずに使っていた「言葉」が、とても大事なものであることに気がついたのは、つい最近のこと。これまではむしろ言葉で説明することなんて、なんとなくまどろっこしく、押し付けがましいことだと考えていました。そう考えていたから、私達の背後にあるもの、言葉より前にある空間とか建築の力の可能性に惹かれて、この世界へ入っていったという思いさえありました。でも人は何かを認識する時、視る、聴く、触る、味わう、嗅ぐ、といった五感と同じくらい、「言葉」で説明されることで理解し、納得することもあるのだということに、今更ながらはたと気がついたのでした。特に「言」の「葉」が吹き荒れる現代社会では、ある事柄について共通の認識を持つために、特に注意深く「言葉」を使い、相互理解をする必要があるということを感じています。
「言葉」の重要性に気付き、幼い頃から読書をあまりしてこなかったことを深く深く反省して、10才から始める気持ちで、最近図書館で児童文学から少しずつ読み始めています。いざ読み始めてみると、子供が読む児童文学の世界がどんなに素晴らしいものか、この年になり初めて知ることができました。ほんとに子供の頃にこれらの本に触れていたら、もう少しまともな成長をしていただろうに、、と思いつつも、いや今からでも遅くはない、これからいい本とめぐり合いながら少しずつでも成長をしていきたいと思います。
(2011.01.03)

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酒井抱一「柿に鳥図」

建築-1

建築のお仕事をさせていただき15年ほどになりますが、「建築とは何か」という問いに対する答えが日に日によく分からなくなってきています。建築設計事務所と名のっておきながらこんなことなのですが、これが私の素なのでここから始めるしか仕方がありません。正直なところでは、何か物を作りだすという仕事でありながら、作りたい何かが目の前にはっきり見えているということはありません。街に出れば物が溢れ建物が乱立している、そういう風景を毎日眺めていて、ここに自分が作りたいもののイメージが沸いてこないのです。
ところで物質と精神は表裏一体、繋がっているものだとすると、私が見ている風景はどういう精神を表しているのでしょうか。かつては精神を支えていた宗教が力を失ってしまった無宗教の時代にあっては、物質ばかりが先走りし、もはや人間の精神はそこから遊離して抜け殻ばかりが溢れだしているかのよう。何かが飽和状態に達しているのか、きれいで美しいものがあっても、実際にはあまり欲しいと思えないのです。これは全く困った状態で、物質に支えられているはずの精神がそれとは全く別の次元にいってしまっているということなのでしょうか。
しかし人間も自然の一部、その人間の作り出す物質も自然の一部であって、決して自然と切り離して考えられるものではありません。そしてそこから生まれた物質に生活を支えられることによってまた健全な精神が育まれるのだろうと思います。
この矛盾をどうにか繋げることができないだろうか。この問いに対する答えを、ここから1つ1つを探していきたいと思っています。
(2010.09.25)

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